大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)1279号 判決 1958年6月13日
原告 破産者株式会社滝頭鉄工所破産管財人 赤鹿勇
被告 株式会社近畿相互銀行
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は被告は原告に対し金七十万円及びこれに対する本裁判確定の日から完済に至る迄年五分の割合による金員を支払うべし訴訟費用は被告の負担とする旨の判決を求めその請求の原因として破産者株式会社滝頭鉄工所はプレス及びめ金加工機械の製造業を営んでいたものであるが財界の不況と営業上の失敗により昭和二十九年一月頃から金融全く遍迫し同年四月十五日遂に支払停止のやむなきに至り同年五月四日訴外門本電機商事株式会社外二名の債権者から大阪地方裁判所に破産の申立を受け昭和三十年五月十六日破産の宣言を受け原告はその破産管財人に選任せられたところが被告は右破産会社に対して金三百七十二万四千円の債権を有していたものであるが右破産会社から昭和三十年四月二十八日金五十万円同年五月十日金二十万円合計金七十万円の弁済を受領したが右弁済受領行為は破産債権者を害する行為であることは言を俊たないところであつて被告は右弁済受領当時破産会社の支払停止及び破産の申立のある事実を覚知しながら弁済を受領したものであるから破産法第七十二条第二号により右弁済受領行為を否認するよつて被告は受領した金員を破産財団に返還すべき義務があるから被告に対し右金七十万円及びこれに対する本裁判確定の日から完済に至る迄民法所定年五分の割合による遅延利息の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ
被告の抗弁に対し破産会社から被告に対し被告の破産会社に対する債権につき設定せられた根抵当権の目的物たる工場備附の機械器具を処分して得た代金により右七十万円の支払がなされたことは知らない仮りにそうであるとしても(一)被告は訴外堀泰一から右機械器具の処分につき相談を受けた際積極的にこれを拒否せずむしろ暗黙裡にこれを承諾しこれが売却処分により被告に対し早期弁済をすすめたものであるから被告は自ら右機械器具に対する抵当権を抛棄したものというべく工場抵当法第六条第二項により被告の同意を得て工場に備附けた右機械器具の備附を止めた時既に右機械器具に対する抵当権は消滅したものである(二)抵当権の効力の及ぶ範囲は工場抵当法第五条所定のとおりで抵当物の所在に追及することができるがそは物に対する追及権であつてその対価に対しては民法第三百七十二条第三百四条(物上代位)の規定に従わなければならない即ち被告は右機械器具の対価が破産会社に支払われる前にこれを差押えるの方法によらなければその対価金に対して最早抵当権の効力は及ばないものである、ところが被告はその差押をしていないから破産会社から被告に対する右七十万円の弁済は抵当権実行の結果でもなく且つ右機械器具の売却代金に対しては被告の抵当権の効力は及ばないのであるから単なる通常の弁済に他ならないよつて右弁済の受領は抵当権の目的物の売却代金により抵当権者として優先弁済を受けたものとなす被告の抗弁は失当であると述べ
立証として甲第一、二号証を提出し証人堀泰一、同滝頭義信の各証言を援用し乙第一、並びに第三号証の成立を認め同第二号証の原本の存在並びに成立を認めた
被告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め答弁として訴外株式会社滝頭鉄工所が昭和三十年五月十六日大阪地方裁判所で破産宣告を受け原告がその破産管財人に選任せられたこと被告が同訴外会社に対する金三百七十二万四千円の債権の弁済として同訴外会社から昭和三十年四月二十八日金五十万円同年五月十日金二十万円合計金七十万円の弁済を受けたことは認めるしかしながら右弁済の受領は被告が破産会社に対する債権につき設定を受けた工場抵当法による抵当権の目的物たる工場備附の機械器具の売却代金により抵当権者として優先弁済を受けたものであるから破産債権者を害する行為ではない蓋し被告は破産会社並びに同会社の代表取締役であつた滝頭義信及び訴外一ノ木喜代一、同堀泰一と昭和二十八年二月二十五日破産会社が被告に対し現在負担し将来負担すべき給付金債務契約給付金を限度とする借入金債務、手形割引による債務当座勘定借越その他一切の債務の担保として滝頭義信所有の大阪市東成区深江東三丁目二十六番地宅地及び同地上並びに同所二十五番地上所在同会社工場及び同工場内に備付の同会社所有の十六尺旋盤外二十一点の機械器具その他移動装置等一式につき金四百万円を極度額元金として工場抵当法第二条第三条による順位第一番の根抵当権設定契約をなし右契約による同会社の債務につき右滝頭義信、一ノ木喜代一、堀泰一において連帯保証の責に任ずる旨約定し同年同月二十七日その旨の根抵当権設定登記をなしたしかして右契約に基き同年七月十八日破産会社は被告から相互掛金契約による給付金三百七十二万四千円の債務を負担し右滝頭義信、一ノ木喜代一、堀泰一は右債務につき連帯保証をなしその旨同日付公証人田淵史郎の公正証書が作成せられたところが破産会社が支払能力を欠く状態となるに及び被告は相当強硬な方針で破産会社の債務の保証人であつた滝頭義信、堀泰一、一ノ木喜代一に対し動産の差押をなす外右根抵当権の目的物に対しても権利実行の寸前にあつたところ右動産の差押を受けた堀泰一等において被告から右根抵当権の実行を受け競売処分となるときは抵当物件である工場並びに工場備附の機械器具等は相当時価より安価に競落せられ延いて被告に対する弁済も十分なし得なくなることを虞れ被告の権利実行を俟たず自己の手で有利に売却条件をつけてこれを売却しその売却代金を以て被告に対する債務の弁済に充てたいと考え破産会社に対する債権の整理を担当していた被告銀行鶴橋支店管理課の係員菅沼善之丞に対しその承諾を求めてきたが同人は弁済がない限り右機械器具の処分を承諾し得ない旨答えたのであるが右堀泰一等は右根抵当権の目的物である工場備附の機械器具の一部を任意に代金九十二万円で売却処分し右代金中から右合計金七十万円を被告に支払つたものであつて被告は抵当権者としてその抵当権の効力の範囲内においてこれが優先弁済を受けたものである。
尚原告は被告において右抵当権の目的物たる工場備附の機械器具の売却処分を承諾して右械械器具に対する抵当権を抛棄したものであり被告の同意を得て右機械器具の備附を止めた時既に右機械器具に対する抵当権は消滅した旨並びに被告において右機械器具の売却代金が破産会社に支払われる前にその差押をしていないから右機械器具の売却代金に対して被告の抵当権の効力は及ばない旨主張するけれども被告は右滝頭義信や堀泰一等に対し右工場備付の機械器具の備附を止めこれを分離して売却処分することに同意を与えたことなく被告において右機械器具に対する抵当権を抛棄した事実はないしかして民法第三百七十二条第三百四条の規定の精神は債務者又は抵当権設定者が抵当権者を害する目的を以て抵当権の目的物件を処分し自己又は第三者の利益に供せんとするが如き悪意のある場合における非常急迫事態に対する権利者の救済方法として差押を以て対抗し得ることを規定したもので本件の如く当事者に悪意なく被告の権利実行を俟たず自己の手で有利に売却条件をつけて売却処分の上その代金を以て被告に対する債務の弁済に充てる意思の下にこれが抵当物件を売却処分し任意にその代金を以て被告に対する債務の弁済に充てた場合にまで同法条による差押とその権利行使の要件とする解釈は当らないと述べ立証として乙第一号乃至第三号証を提出し証人堀泰一、同菅沼善之丞の各証言を援用し甲第一、二号証の成立を認め同第一号証を利益に援用した。
理由
訴外株式会社滝頭鉄工所が昭和三十年五月十六日大阪地方裁判所で破産の宣言を受け原告がその破産管財人に選任せられたこと並びに被告が右破産会社に対する金三百七十二万四千円の債権の弁済として破産会社から昭和三十年四月二十八日金五十万円同年五月十日金二十万円合計七十万円の弁済を受けたことは当事者間に争のないところであつて破産会社がプレス及びめ金加工機械の製造業を営んでいたものであるが昭和三十年四月十五日支払を停止し同年五月四日訴外門本電機商事株式会社外二名の債権者から大阪地方裁判所に破産の申立を受けたことは被告の明かに争わないところであるからこれを自白したものと看做す原告訴訟代理人は被告の右弁済の受領は破産債権者を害する行為であると主張し被告訴訟代理人は右弁済の受領は被告が破産会社に対する債権の担保として設定した工場抵当法による根抵当権の目的物である工場に備附の機械器具の売却代金により優先弁済を受けたものであるから右弁済の受領は破産債権者を害する行為ではない旨抗争するので審按するに、成立に争のない甲第一、二号証、乙第一、三号証、原本の存在並びに成立に争のない乙第二号証、証人菅沼善之丞の証言同滝頭義信、同堀泰一の各証言の一部を綜合すると被告は破産会社並びに同会社の代表取締役であつた滝頭義信、及び訴外一ノ木喜代一同堀泰一と昭和二十八年二月二十五日破産会社が被告に対し現在負担し将来負担することあるべき給付金債務契約給付金を限度とする借入金債務手形割引による債務当座勘定借越その他一切の債務の担保として滝頭義信所有の大阪市東成区深江東三丁目二十六番地宅地及び同地上並びに同所二十五番地上所在同会社工場及び同工場内に備附の同会社所有の旋盤等三十二点の機械器具に対し金四百万円を極度額元金として工場抵当法第二条第三条による順位第一番の根抵当権を設定し右契約による同会社の債務につき滝頭義信、一ノ木喜代一、堀泰一において連帯保証を為す旨契約し同年同月二十七日その旨の根抵当権設定登記を受けたこと、右契約に基き同年七月十八日破産会社は被告から相互掛金契約による給付を受け掛戻債務金三百七十二万四千円の債務を負担し滝頭義信、一ノ木喜代一、堀泰一は右債務につき連帯保証をなしその旨の同日付公証人田渕史郎の公正証書が作成せられたこと、ところが右破産会社は昭和三十年三月頃から金融逼迫し右掛戻債務の支払をしなかつたので被告は連帯保証人なる堀泰一に対し同年四月十九日前記公正証書の執行力ある正本に基き動産の差押をしたので同人は大いに驚ろき調停の申立をなし競売の延期を懇請すると共に前記根抵当権の目的物である破産会社工場備附の破産会社所有の機械器具を任意売却処分しその代金を被告に支払つて有利に債務の決済をしたいと考え破産会社の代表取締役滝頭義信を説得してその承諾を得た上被告銀行鶴橋支店の係員菅沼善之丞にその意を伝え了解を求めたが同人は債務を弁済すれば抵当権は解く旨答えたのみで明確な答弁をしなかつたが堀泰一は右機械の処分代金を被告に支払えば可なりと思料し破産会社を代理して右根抵当権の目的物である破産会社工場備附の旋盤等十六点の機械器具を機械商三谷幸次に時価相当額の代金九十二万円で売却し右買主から受領した右代金の内金五十万円及び二十万円合計七十万円を破産会社の被告に対する債務の弁済として直接被告に支払い、残金二十二万円は破産会社に交付した事実が認められ右認定に反する証人滝頭義信同堀泰一の各証言部分は措信し難く他に右認定を覆するに足る証拠はない右事実によると被告は根抵当権者としてその根抵当権の目的物たる破産会社工場備付の機械器具の売却代金により優先弁済を受けたものと解するのが相当である原告訴訟代理人は(一)被告は堀泰一から右機械器具の処分につき相談を受けた際暗黙に承諾し右機械器具に対する抵当権を抛棄したもので工場抵当法第六条第二項により被告の同意を得て工場に備附けた右機械器具の備附を止めたとき右機械器具に対する抵当権は消滅した(二)被告は民法第三百七十二条第三百四条により右機械器具の対価が破産会社に支払われる前にその差押をしていないから右機械器具の売却代金に対しては被告の抵当権の効力は及ばない旨主張するけれども被告に右機械器具に対する抵当権抛棄の意思のなかつたことは前認定の被告銀行の係員菅沼善之丞の堀泰一に対する答弁の趣旨から明白であり且つ工場抵当法第六条第二項の規定の趣旨は同法第五条と相俟つて工場の所有者が抵当権者の同意を得ないで抵当権の目的物たる工場備附物の備附を止めたときは備附物に対する抵当権の効力に影響なくその物が第三取得者に引渡された後と雖もその物の上に抵当権を行うことができるが工場の所有者が抵当権者の同意を得て備附物の備附を止めたときはその物が第三取得者に引渡された後は抵当権はその物につき消滅しその物の上に抵当権を行うことができないとの趣旨であつて当事者が抵当権の目的物たる工場備附の機械器具を任意売却しその代金を以て抵当権者に任意優先弁済する意思でこれを他に売却した場合にその物に代わる売却代金の上に抵当権を行使することを否定するものではない又民法第三百七十二条第三百四条が抵当権の目的物の売却代金等の払渡又は引渡前に差押をなすことを要すとなした所以は一面において物権の目的物は特定したものでなければならないから債務者が金銭その他の物の交付を受け債務者の他の財産中に混入されるときはその特定性を失つて抵当物件の目的となし難く且つ又債務者の財産中に混入した後までも抵当権者の追求を許すことは法律関係の紛糾を招き又他の債権者の利益を害する虞が多いので債務者が第三債務者に対して有する払渡又は引渡請求権を差押えることにより代位目的物の特定性を維持すると共に他の一面において第三者を保護する方法として抵当権の目的物に代位することを明確にし抵当権を第三者に対し保全する要件とする趣旨を定めたものであつて債務者の代理人が抵当権の目的物たる工場備附の機械器具を任意売却しその代金を以て抵当権者に優先弁済する意思でこれを他に売却し他の債権者の権利行使に先立ち買受人から受取つたその代金の一部をそのまま直接抵当権者たる被告に任意支払つたこと前認定のとおりである本件にあつては被告において前法条の趣旨からするもその権利行使につきその差押を必要とする余地は存しないものといわなければならないしてみると被告においてその差押をしていないから右機械器具の売却代金に対して被告の抵当権の効力は及ばず被告の右弁済の受領は抵当権者として優先弁済を受けたものといえないとする原告の主張は採用することができない
よつて被告は根抵当権者としてその根抵当権の目的物たる被告会社工場備附の被告会社所有の機械器具の売却代金により優先弁済を受けたものであつて右弁済の受領は破産債権者を害する行為というを得ないから爾余の点につき判断を俟つまでもなく右行為を以て破産債権者を害するものとしてこれを否認せんとする原告の主張は理由なく原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する
(裁判官 小野田常太郎)